■事務局ひとり言■
初冬の越後三山と蛇行する信濃川この山上は 我が青年時代より散策し 郷里の偉大なる存在を 感ぜしところなり(詩 西脇順三郎)
初冬の越後三山と蛇行する信濃川
この山上は 我が青年時代より散策し
郷里の偉大なる存在を 感ぜしところなり
(詩 西脇順三郎)



2007.11
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2006.5

新潟で開催された北信越公協の懇談会に行ってきました。会長と一緒でした。上越新幹線は高崎の先、渋川あたりを過ぎると、トンネルが多くまた長かったりします。出発した東京は雲り空でしたが、トンネルを抜けた湯沢はよい天気でした。青空を見上げ何か得をした気分になりました。生まれ故郷の山や川、空気にふれて気分が幾分高揚したのかも知れません。

約2時間で新潟駅に到着し、タクシ−に乗り会場の新潟交通シルバ−ボウルに向かいました。ボウリング場の閉鎖が全国で相次いで起こっている中で、新潟市も例外ではありませんでした。9月末には新潟ミナミボウルが突然閉鎖し、そして来年9月にシルバ−ボウルも閉鎖予定というこの現実の厳しさと淋しさ。

両センタ−は平成21年新潟国体会場に決まっていました。関係者にとっては苦渋の決断、断腸の思いだったでしょう。ボウラ−にとっては、他の施設に移るという選択肢があるのでしょうか。好きなボウリングをいつまでも続けてほしい、と希うばかりです。

懇談会の翌日は、小千谷(おぢや)の実家に寄り、母親を見舞いました。要介護5の母は、私の手をとり喜んではくれましたが、息子であることをどこまで理解できているのか、定かではありませんでした。骨と皮ばかりになった母の手を握りしめながら、そう長くはない命を覚悟するしかありませんでした。自分もいつしかこの様に老衰するのだろうか、と寂しい気分になりました。

生命は確かに素晴らしい、けれどもまたその終わりのあることを、あらためて考えさせられたのでした。別れ際に胸がキュ−ンと締め付けられて、何とも言えない気持ちになったのは、親子の絆がそうさせたのでしょう。

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