■事務局ひとり言■

民家 向井潤吉 画
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50年以上も昔の話。戦後まもない頃、今の暮らしや社会環境とは、雲泥の差があった。現在の日本は閉塞感がつよいが、当時に比べれば衣食住は豊かになり、便利になり、また人々は長生きになった。充分に満たされているはずだが、それでもなお、わたしは遠い昔を懐かしく思い、もう一度体験してみたいと思っていることがある。

わたしの出身は新潟の小千谷市(おぢやし)。小千谷縮みや錦鯉や闘牛の里だ。家は分家で、道の斜向かいには本家があった。家は三方を林に囲まれていた。屋敷林ではないが、そこにはキジやフクロウまでがいた。今思えば自然のゆたかな暮らしだった。

カマド
カマド

記憶にある家の明かりは電灯。井戸もあった。囲炉裏が切られ、そこで煮炊きや焼き物をし、米はカマドで炊いた。燃料は薪。焚き付けには杉葉を使った。わたしは小学校に入る前に、朝一人でご飯を炊いた。母親はそのことを近所中に話した。家には煙出しが一ヵ所あったが、風向きによっては、煙が外に出ず家中が煙だらけで、涙目になることも度々あった。もう一度体験してみたいと思うのは、その頃の自給自足に近い、けむたい暮らしだ。

昭和34年の伊勢湾台風は新潟にも甚大な被害をもたらした。林の大木が多く倒れた。家は被害を免れたが、本家の蔵は大木の下敷きで全壊。台風一過の下、ジャングルのようになった惨状に言葉がなかった。子ども心にも不安を覚えた。そしてこの台風辺りを境にして、林は伐採され畑に、そしてやがて宅地に。茅葺きだった本家の家も、わたしの家もその後新しくなった。水道やガスや下水道が引かれ、もう昔の面影は何一つ残っていない。このように様変わりし便利になった今、わたしは自分の思いをどのようにして叶えたらよいものやら。

自ら水を汲んで来たり、野山で薪を取ったり、山菜を採ったり、川で魚を釣ったり、囲炉裏で火を起こしたり、煮たり、焼いたり。そんな平成のシャングリラを夢みて、今年もまた牛歩の如く歩みたいと思う。

森呼吸(しんこきゅう) 生まれかわった流木たち
森呼吸(しんこきゅう) 生まれかわった流木たち

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