■事務局ひとり言■

八重桜 加藤栄三 画
八重桜 加藤栄三 画

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4月の半ばを前に母が亡くなった。認知症を患いもう5、6年前から寝たきりだった。数年前からは最期の別れがいつになるのかと、気にはしていたが、遂にその日がやって来たのだった。

東京の開花したサクラを背に、新幹線で新潟へ向かった。長いトンネルを抜けるとそこは越後湯沢。それまでの車窓の風景とは一変して、一面銀世界が広がっていた。やはり今年の雪は大雪だったのだ。

春の訪れはどこの地でも雨と共にやって来る。あちらこちらからの雪解け水が川に流れ込み、魚野川や信濃川はまるで洪水になったかのように水かさを増していた。雪は春の訪れと共に水となり、雪国は水の都へと変貌する。

春の雲
春の雲

わたしの生まれ育った小千谷(おぢや)は、かつては北魚沼と呼ばれていた。以前から評判のコメ(魚沼産)とサケ(日本酒の久保田・八海山など)とコイ(錦鯉)は、雪水から産まれ育ったのだ。

実家に帰ると、母はフトンの中で冷たくなっていた。子四人と孫五人を残して生涯を終えた。母に対しては感謝し尽くせぬ思いがある。これで母とは永遠の別れ。今回もまた父同様に、親孝行をしなかったなぁと、悔いだけが残った。

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