■事務局ひとり言■

尾瀬・大江湿原
尾瀬・大江湿原
 
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生まれてはじめて整形外科の門をくぐった。勇んで小ブナ釣りに挑戦したまではよかったが、思わぬ釣果につい気が緩んで、自転車ごと転倒、右膝を強打してしまった。事後処置もせずに放置していたら、痛みが増して階段の登り降りにも支障が出る始末。やむなく整形外科に。また以前から左膝には違和感があり、その原因も知りたかった。医師は左右の膝をレントゲンで撮り、その結果、膝の軟骨の減り具合は気にしなくてよい、そして右膝には湿布薬を、左膝の違和感は主に左太ももの筋力が落ちているのが原因であるといった。毎日1万歩程度歩いているので、左足の筋力が落ちているとは思わなかったが、右と左の筋力を比べてみたら、その差は歴然で納得した。高齢者になると一日に1万歩歩いていても足の筋力は落ちるのである。今回は痛い思いをしたが、そのおかげで筋トレの必要性を悟った。今後は筋トレを続けて、体の老化を緩やかなものにしたい。

上杉謙信
上杉謙信

頭の回転は鈍いし、本は読まないし、文章を書くのは大の苦手だし、そんなわたしが、日曜夜の「軍師官兵衛」を観て、歴史の面白さや戦国の処世の厳しさを知った。身近な歴史はわがルーツ。これは以前にも書いたが、遠い祖先は桓武平氏の流れをくむ武蔵七党の村山党から派生した支族で、現在の埼玉県入間市金子を領したようだ。その後上杉謙信の家来になり、そして新潟に移り住んだようである。実家のある小千谷市には大本家や本家があり、うちは分家だった。元々は武士だったようだが、わたしの知る限りは農家、それも中規模だった。

北前船(奉納された絵馬)
北前船(奉納された絵馬)

一方、家内の方は、江戸時代南部藩の俵物(煎海鼠など)を一手に取り仕切った商人のようである。回船問屋を営み当時は豪商だったようだ。1822年に野辺地(のへじ)八幡宮に「金刀比羅宮本殿」(県重宝)を勧進寄進した記録が残っている。当時の北前船は、3年間に1艘が遭難し海に沈んだようで、航海の安全を願って、寄進したようだ。家内は何も話さなかったが、結婚の許しを得るために青森の実家を訪ねた折り、義父からは開口一番に「どこの馬の骨とも分からない男にウチの娘はやれない。ウチは仙台屋の子孫だ」と言われた。左様に家内の方は、先祖の金刀比羅宮本殿の寄進などによって、約200年を経た今も記録に残り、語り伝えられている。すでに残り少ない人生になったが、歴史の大切さを次世代にも伝えたいと思う。

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