わたしのボウリング人生-6


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●コンペ開発・業種別職場対抗大会・集客LTBの併せ技編 貝TB 社長 榎田 勝志 氏

京都府京田辺市より、熊本に移動し3期連続赤字センターを1年目で黒字化、2年目利益倍増させ、さらに3年目その倍に出来た。
スタッフも増員できるし当分楽ができると安心しきっていたが、会社は鬼であった。
なんと、4年目を迎える前に京都よりさらに遠い、埼玉県上尾市に飛ばされることとなった。
2000年7月の出来事で短い熊本生活であった。
上尾スポーツレーンズ1フロアー60レーンの古くて小汚いボウリング場を担当することになった。
そもそも、簡単に言うと赤字状態なので賃貸したのである。
60レーンのビッグセンター、近隣に競合センターもあり苦戦しているボウリング場であった。
初の関東でのボウリング場運営にヤリガイもあったが、早く九州に帰りたいと言う思いが強く。今まで培ったノウハウを一気に使うしかないと考え、本社と交渉し若手(独身)スタッフで機動力に優れたスタッフを集めてもらった。



その代りに当時、日本ブランズウィックに物産より改革のため出向役員で来ていたS常務に初年度黒字を約束させられた。
2003年8月1日 BSGでのオープンに向け渉外活動をやっている頃、BSG(現在のスポルト)役員より年内黒字化の見通しをつけ、年明けより本社勤務だと通告された。
まだオープンもしていないし、4〜5か月間で60レーンを見通しつけろなんて、ふざけた話である。
もちろん、本社営業部長として超栄転話であったが、即答で断った。
そして、結果を出すべく、コンペ開発は自ら渉外活動を行い企業コンペや、地域子ども会コンペの誘致と走り回った。
業種別職場対抗は「飲食店チーム対抗」が一番盛り上がり毎月恒例の行事となった。
まずは、NTT職業別電話帳より、居酒屋〜スナックまでを全てオリジナル顧客管理システムに入力し、飲食店リストを作成。
お店スタッフとお客様で、チーム組んで参加して頂く内容だった。
当然、ボウリング場も飲食店も暇な日曜日夕方からの開催。
ボウリング大会が終わったあとは、お店に戻って祝勝会と反省会で飲食店の売上にもつながり好評であった。
その後は、各飲食店での大会に発展して行くこととなった。

さて、問題のLTB開発であるが、まだまだ社内的に認知されておらず、予算を認めてもらえず苦戦した事を覚えている。
まずは、主催者探しである。
記憶が薄れているが確か、上尾市は1町6村が合併しできた市で上尾市体育協会に種目別と地区別(7支部)が加盟していた。
そこで、その支部へアプローチ、数件断られたがコンペをやってくれている支部に何とか協力して頂けることとなった。



告知は広報誌掲載の依頼をお願いしたが支部に認めてられず、回覧板での募集告知となった。初回の教室は25名前後、そのうえ申込み者が少なかったのでと、支部役員さんが10名程含まれていた。



スベッタ、頭が痛かった。
しかし、その頃は2〜3日寝ると何でもプラス思考に考えられる若さがあり、逆に役員の皆さんへボウリングの楽しさを伝えることができたら、今後の展開が変わるような気がしていた。
読みは的中。
役員さんのほとんどがリーグ移行し、「こんなにボウリングが素晴らしいとは知らなかった。榎田さんありがとう。こんなに素晴らしい事はより多くの人に体験してもらいましょう。次回は市に交渉し広報誌に掲載してもらえるように頑張るよ!」と役員(市職員OB)さんが動いてくれることとなった。
広報誌だけで、毎回50〜60名は集まる人気講座となった。
そうこうしているうちに一年が過ぎようとしていた。
機動力に優れたスタッフにも恵まれたおかげで、初年度黒字化に成功したのであった。
現在、その時の素晴らしいスタッフは全員が現スポルトを退社している。残念なことである。
そして再度、役員より本社勤務の打診があった。
もちろんお断りしたが、それら3か月以上役員からは無視され口も聞いてもらえなった記憶がある。
その頃、本社は現場で使えなくなったスタッフの受入先と言われており、そんな所には絶対に行きたくなかったのである。全員ではないが今も変わらないのかもしれない。
それと、田舎者のわたしは電車通勤が大嫌いであった。

しかし、2004年の10月、3度目の本社移動の打診と言うより内示があった。
役員との大ゲンカの末に、そのケンカ負け、その年の12月本社勤務となった。
当時、本社ビル(Brunswickビル)はサラリーマン憧れの新宿の一等地にあったが、自宅から上尾駅まで10分歩き、ご存じの方も多いと思いますが、新宿駅まで超満員の湘南新宿ラインで40分強、そしてさらに徒歩10分、一時間以上の通勤時間、往復2時間。
まったく、毎日2時間無駄な残業しているようであった。
毎日2時間渉外活動ができたら、どれだけ売上に貢献できるか。
上尾スポーツレーンズ、最後の現在支配人業務となった。
そして、数年前上尾スポーツレーンズは閉鎖となり、さら地になっている。

まったく話は変わるのですが、先日あるグループと飲みに行った時、ボウリング業界に入ったキッカケ動機は何だったのですか?と質問され「実は、お酒が大好きで○○○がゆるく前職の時、数回おもらしの経験があり、いつでも好きな時にトイレに行ける環境だったから」と酔っていた事もあり事実を明かしてしまった。うかつであった。
当時の22歳くらいで仕事中に2〜3度も漏らすなんて耐えられなかった(^_-)-☆

次号では、本題のLTB開発をご紹介させて頂きます。

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