わたしのボウリング人生-7


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●誰でも出来る!LTB開発システム化編 貝TB 社長 榎田勝志 氏

現場を卒業し2004年12月より、新宿駅近く千駄ヶ谷にあったBrunswickビル9階の当時はブランズウィックスポーツガーデン本社に営業部長として勤務することになった。

毎朝6時起床で7時過ぎの湘南新宿ライン(超満員電車)で約50分、自宅より会社まで約80分往復で2時間と40分、この時間仕事出来たらと何時も思っていた。

本社での途中経過は飛ばすとして、LTB開発については不採算センターより始まった。

わたしが進めるLTB開発は全てが公的団体主催、行政機関後援の教室であった。

京都・熊本・上尾での実績が有った為、他府県でも容易に進める事が出来た。

その開発強行スケジュールで、例えば毎週月曜日札幌で午前午後の2クラスし行い、千歳空港より夜の便でセントレアへ飛び、火曜日愛知で午前・午後の2クラス、そしてまたまた夜に新幹線で移動し埼玉で午前・午後。

木曜日・金曜日は本社業務。

北から行くと、今は店舗内容が変わっているが実際主催・後援獲得から教室・リーグ化まで行ったのは、札幌・上尾・池袋・長野・岡谷・横須賀・名古屋・江南・京都・茨木・熊本と並行して行っていた。


(ホワイトボード仕様のアナログ時代)

主催・後援取得は、ほぼ全センター担当し2〜3年過ごしたが、1人でのLTB開発には限界があった。

まずは、回数である、1人で毎週3店舗6クラス6週が限界で年間回数が限られる。

そして、1回3時間前後の座学中心の教室だった為、移動しながらでの、月・火・水、6クラスの教室をやっていると、ミーティングルームで、しゃべっりぱっなしなので酸欠状態に陥り、今どこにいて、どこまで話しているのか何週目の教室なのか、頭が真っ白になる事が起こり始めた。

ついに受講生から「先生、その話、先週聞きましたよ!」が起きてしまった。
このままでは、受講者にボウリングの健康効果・醍醐味、楽しさを伝えることが出来ない、どうすれば良いのか悩み悩んだ結果。

少しパソコンが出来ていたせいもあって、話す内容が全てプロジェクタースクリーンに写し出されれば受講者も解り易いし、何週目をやっているかも間違えないのではと考えた。

システムを完成させることが出来れば、自分だけではなく誰でも出来るのではないかと考え、現在の健康ボウリングシステムの原型を作った。


(プロジェクターとノートパソコンでシステム化)

実際、教室を実施して回るのと同時にデータ&システム化し続け、完成させるのには半年近く費やした。

それから、社内説明会・全店舗担当者ミーティング&説明会・担当者研修会など重ね、全てのスポルト店舗で各担当者がノートパソコン一つで行えるようにシステム化した。

1人で全国を飛び回っていた頃とは、まったく開発スピードが違った。

そして、何よりスタッフのスキルが変わり、結果として売上が変わって行った。

やはり、一人では手足も1セット、口は一つなので限界があると痛感。

現在のスポルトでも使用されている様である。


この頃は、会社(現在のスポルト)を辞めるなど思ってもいなかったので、開発の為の高額な高性能ノートPCからソフト、そして制作に費やする時間とパソコン教室に通う費用も先行投資と思って身銭でやっていた。

いま思えば、身銭だからこそ身に付きスピード感もあったのだと納得している。


ちなみに、スポルト時代のわたしの受講生は1,763人で、クラブリーグ移行率76%1,345人と言う内容であった。



まだ、折込チラシを入れないでやっていた頃の最小クラス人数が11名で最大クラス人数90名を経験させて頂いた。

クラスの人数が少ない方が比較的移行率は良いようであるが、効率から考えると1クラス60名前後がベストと思っている。

そして、ポイントは教室の時から3人チーム3ゲーム、初日からアメリカン投球で2週目からトリオリーグ戦。

これが成功のポイントである。


よく、なぜ3人チームなのか?・なぜ6週編なのか?・なぜ3ゲームなのか?

なぜ受付は、携帯電話なのか?・なぜボウリング場主催ではダメなのか?

質問を受けるが話すと数時間かかるので、ここではやめておきますが全てに理由があります。

次回は最終編「GLTB開発による新規顧客開発サポート業務編」&「LTB社設立」のお話となります。

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