あれから70年

 
ちばてつや 氏

●あれから70年 マンガ家 ちばてつや 1939年生

 戦争が終ったときは6歳でした。私は中国からの引き揚げ者なんですよ。戦争が終って日本に帰ってくるまでの1年間はとにかく食べ物がなくて、いつもお腹を空かせていました。道に落ちている馬のフンを食べようとして、母にたたき落とされたこともありますよ。当時、親がものを食べている姿を見たことがない。食べ物が手に入ると、とにかく子どもたちに回していたんでしょう。引き揚げ船が博多港に着いたとき、皇后陛下からのご下賜ということで、真っ白な銀シャリのおにぎりを1個もらったんです。おいしかったですねえ。

 食料がない時代は戦後も何年も続くんですよ。上野駅などの構内や近道には、家を焼かれた人たちや親が死んでしまった浮浪児たちが寝泊りしているわけです。そこで飢え死にしている人を見たこともありました。

 7〜8年前、引き揚げの経験を持つマンガ家たちが当時の体験を絵に描いて、南京で展示したんです。日本のマンガ家が展示会をやるということで、1日平均2万人も見に来た。サインをしていると、中国の若者が聞くんですよ。「日本が爆撃されていたって本当か?」「日本人もお腹をすかせていたって本当か?」って。中国では日本人も戦争で苦しんだことを教えないからね。



 魚乃目三太さんの『戦争めし』は残酷な話も多いんだけど、絵柄がいいんですよ。私が書くともっとリアルで残酷な絵になっちゃうと思うけど、魚乃目さんの絵はほっこりしてるから温もりが伝わってくる。どれもいい話です。私はたとえば米兵と日本兵が一緒にチャーハンを食べる「収容所の焼きめし」なんて好きですね。この絵でこのお話だったら、どこの国の人でもわかると思うので、ぜひ海外でも出版してほしいです。

 戦後70年というけど、いつまで「戦後」といえるのか。ひょっとして「戦前」になってるんじゃないかという怖さをたまに感じます・・・・。日本で戦争が終ってからも、世界のどこかで常に戦争をやっているでしょう。戦争は本当に地獄です。「飢える」とはどういうことか。人を殺さないためにはどうしたらいいのか。若い人はぜひ『戦争めし』を読んで考えてほしいと思います。

前の「記事」へ戻る 「ボグ交差点140」へ 次の「記事」へ進む

 全国ボウリング公認競技場協議会「トップページ」へ  「ボグ交差点・目次」へ