普及活動のページ レッツ・ゴー・ボウリング!

宮田 哲郎

(社)日本プロボウリング協会 (社)日本体育学会・体育経営管理部会員

第51章 

平成21(2009)年10月1日号

モデルの肖像 ルノワール 画
モデルの肖像 ルノワール 画
目次
第50章
第49章
第48章
第47章
第46章
第45章
第44章
第43章
第42章
第41章

第40章
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第38章
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第6章
第5章
第4章
第3章
第2章
新時代2
第1章
新時代1
はじめに

 ある地域の業界の会合を覗きました。座って聞くだけでしたが、

日本人の消費動向が「ボウリングに限ってどう変化しているか」を

無視した[商業主義・見え見え]の計画が容認されていました。


 顧客ニーズと企業とのズレには困ったな、と思いました。

 帰途の列車で、多分ブーム時代の考えが続いているからだ・・・

 あの「ブームは、なぜ生まれたのか・・・」もう一度、検証する

必要があることに気づきました。


 
半世紀前を回想する

 あのころ、日本は「岩戸景気」と呼ばれた好景気の真中にあった。

 1960年(昭和35年)、池田勇人内閣は10年間で国民所得を

2倍に増やす*所得倍増計画を打出し、白黒TV、冷蔵庫、洗濯機

の[三種の神器]がもてはやされ、世界一 勤勉とされる国民の勤労

意欲を誘っていました。

  *人口は約9,300万人、実質経済成長率は9%。経済規模は

  現在のおよそ九分の一、女性の合計特殊出生率は2、04。

 平均月給が2万円そこそこの時代、全国のボウリング場は3センター

(76レーン)しかなく、1G120円(東京ボーリング・センター

TBC)でした。敗戦から立ち直り「高度成長路線」の端緒についた

日本は、「明日は今日よりきっとよくなる」とひたむきに信じ、熱気に

あふれていました。


 
いま、還暦を迎えるボウリング事業

 1952年(昭和27年)東京・青山に誕生した*TBCでは、まだ

珍しかったジューク・ボックスがあり、売店には薬臭い(そうだった!)

コカ・コーラ、美味いホット・ドッグがあり、外国人客が目立つ場内の

アナウンスは英語が多かった。

   TBC会員制を敷き、入会金は個人3万円、法人5万円、年会費は個人

  3千円・団体5千円だった。会員同伴の来場者は、入場料50円、ゲーム

  料120円、貸靴料20円を徴収した。ちなみに、当時の映画館入場料が

  100円、ざる蕎麦30円、大卒の初任給 5,600円(銀行)。


 思えば、戦後の貧しい住いに甘んじていた人々は、完全空調の中で、

ボウラーが冬でも「半袖でいる」快適環境が珍しく、まさに[憧れ

のアメリカ文化]に浸れる絶好の場所であり、ボウリング場は最新

フアッションでもありました。


 1963年、芥川賞作家  開高 健(1930−89)は、独特の

表現で「大流行の兆し」をみごとに言い当てており、週間朝日の連載

記事は、斯界から最高の「ルポ文学」と賞賛された。


  
「能率。明快。単純。豪奢。騒音。清潔。健康。広大さ。

  ジューク・ボックス。コカ・コーラ。ホット・ドッグ・・・。

  こうまで徹底的にアメリカでおしまくられたら・・・(後略)。

  明るく広大、賑やかである。健康にもよろしい。よほど運動音痴も、

  食いつける。チームを組んでやらないと面白くないから、孤独の鬼気

  も射さぬ。いいことばっかり。そこで、家族ぐるみ、店ぐるみ、

  会社ぐるみ、バーぐるみで繰り込もうということになり、健全娯楽、

  コカ・コーラと「棒組み」になって、日本特産の膨張衝動に助けられ

  、このボウリング場というもの、大流行のきざしがある・・・」

    *開高 健「日本人の遊び場・ボーリング場」週刊朝日。


  
日本人の生活文化にしたい!

 上の記事で『ボーリング』とあることに、疑念を持つでしょう。

 当時は「日本語表示法」を優先しており、TBCも採用していたの

です。


 ところで、いまでも「ボウリングを日本人の生活文化にしたい」と

言ったら、冷笑する人に出会うことが珍しくありません。ある地方の

「広域スポーツ・センターで長の名刺を持つ人物」から、ボウリング

は、スポーツですかとまともに聞かれたときの衝撃は忘れられません。


 ひとむかし前の「スポーツの定義」に凝り固まっているヒトが、行政

にも居ることに、驚いたのです。しかし、もっと暗然とするのは、それ

がたびたび同業の人だったりすることがあることです。


 言い合っても「不毛の議論」ですから相手にしませんが、志の低さと

金儲けしか頭にない人が重要な会議にいるのですから、心底いやになる

のです。これからのボウリングは、文化として、スポーツして、新しい

価値観を導入できなければ、存続できないと確信しているからです。


 開高 健の文章を再読して見ましょう。

 みごとな話し言葉で、ボウリングが文化の象徴であり、健康広場、

人々の社交の場となり、コミュニケーション・ツール、絶好の商業

アイテムにもなると喝破したのです。半世紀前の文人(?)が現代

マーケテイング論にまったく劣らない「予言」を残したのです。


 ここで学ぶことは、ブームが「商業的仕掛け」で発生した訳では

なく、本質的には「日本人の文化的欲求に基づいて」おり、本格的

普及に「10年のリード・タイム」が必要だったことです。私の

[仮説は即効性がない]と批判されるのは、事実なので仕方ないの

ですが、*業界の再生と将来の存続の鍵となることだから、

なのです。腹をくくって、かかるしかないのです。

 *文句があるなら、ぜひ[代案]をお聞かせ願いたい。


  
メデイア対策に異議あり

 業界には『メデイアへの仕掛け』が足りないという人が多いようです

が、有名人・芸能人の軽い話題を提供する仕掛けは、個人的には「もう

いらない」と思います。リリースも『スポーツ部より社会部・家庭部』

である方が、*遥かに露出(嫌いなことば!)チャンスがあるからです。

  *当然、社会的な話題となるボウリング行事、業界の提案をリリースする。

 いま、拙速を尊ぶ姿勢は、事業の存続を危うくします。

 人口構造の変化は、単純レジャー・アイテムに安住する事業の継続を

ますます困難にするでしょう。競合アイテムも多く、目に見えない速度

で商品(ボウリング)の*コモデテイ化とレトロ化が進んでおり、新た

な価値観の創出を急がない業界の将来はなくなりつつあります。

  *コモデテイ:日用品。使用しても、感激も目新しさもない。


 新たな価値観創出では、ラウンド・ワン社の戦略は、みごとです。

 現在のところ、同社は若者世代の顧客に特化している印象があります

が、危機に遭遇している業界の正解である[リピーター育成]に着眼、

「がんばれ!ボウリング番長」を展開しています。


 詳細は、同社IR情報にありますが、年間 数億円の増収効果が見込

めると推測します。極めて高質なIT戦略であり、随所にボウリング・

マニア、若者の「こころを揺さぶる」本質的な魅力を感じます。


 私は、危機脱出の戦略は、ふたつあると思っています。

 地域で新たな顧客を探し、R1社のような戦術でリピート率を上げる

こと、数%でもよいから、来場頻度を増やすことです。プロ・ボウラー

として私も、リピートさせることは30年以上やってきました。


 しかし、8年前に「スポーツ振興法」の具体化戦略「スポーツ振興

基本法」の施行が決まってから、ライフ・ワークとして各地で参画を

進めているところです。道は平坦ではありませんが、このトライアル

に参加する同志は着々と増えています。


 
経営のパラダイム・シフト

  還暦まじかの、疲弊した業界の前には、日没の経済があります。

  現場は、昔どおり「客は来るもの、不況はいつか去る」と思って

 おり、人手不足が手伝って、地域「集客の基本」を怠っています。


  とは言え、イン・センター営業に特化してきた企業が、地域集客

に打って出る場合、「ノウ・ハウも人手も不足」しているのです。

なんといっても、難度の高い広域相手の「大義名分」と提案型営業

などは、「人脈」がなければ少しも前進しないのです。


 1.大義は、なにか? 人脈形成とは?

 2.戦略と戦術、集客の方法、現場の技術移転は?

 3.ツール(パンフレットやテキスト、マニュアル)は?


   結局、パラダイム・シフトとは、地域に眠っている『おおやけの

  ボウリング・ニーズ』を顕在化することにほかなりません。

                  以下、次号・・・。

             (出典)TBCなど「ボウリング昭和史」の部分

              「2008−2009 ブリタニカ・アカデミック」

                 大項目・ボウリング 宮田哲郎より

 
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