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ボウリングは「地域スポーツのブランド」
公益法人化なった業界組織と団体の社会貢献

宮田 哲郎

(公社法)日本プロボウリング協会
(一社法)日本体育学会・体育経営管理部


平成26(2014)年6月1日号 第6章

ニュージーランド・ダニーデン
ニュージーランド・ダニーデン
目次

第6章
第5章
第4章
第3章
第2章
第1章

第101章
第100章

第99章
第98章
第97章
第96章
第95章

第94章
第93章
第92章

第91章
第90章
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第88章
第87章

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第85章
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第21章



第20章

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第9章
第8章
第7章
第6章
第5章
第4章
第3章
第2章
新時代2
第1章
新時代1
はじめに


 ボウリングを最初に見た日本人、最初に投げたひとなど、

この数年、テレビや新聞の取材を頻繁にうけます。昨年は、

記念日が主題の人気番組「夏目記念日・テレビ朝日」に出演

、5,000年の歴史や坂本竜馬のはなしをしました。


 日本人の日常でもっとも親しい関係のボウリングですが、

いくつかのあやまった俗説、見方・評価がまかり通っており

、大いに気になります。とくにボウリングのスポーツ評価の

点では、*あるスポーツ選手の講演で、つぎのような真髄を

忘れているはなしを聞いて大いにあきれた経験があります。

*元オリンピック選手。評論家を気取っていた・・・。


 つまり、スポーツを運動強度や賞金獲得額、知名度のよう

なもので評価する、偏狭で時代を見ないスタンスです。運動

強度については非常に根深く、スポーツ普及が軍国主義時代

から文部省などの学校教育で浸透してきた経緯があります。


 一方、プロ・スポーツ全盛のいま、賞金で評価する風潮が

定着しており、いわば勝利至上主義の権化、スポーツ新聞の

論調を見ればわかります。ひとの口はふさげるものではない

のですが、心あるひとならば苦々しく思っているはずです。


 文化論を展開する気はありませんが、スポーツで勝利を

味えるのは若いときだけ、人間がひとしく幸せにくらせる

基本はスポーツ行動です。長く健康であること、よい人間

関係を獲得するツール、行動としてのスポーツのあり方を

忘れているからです。


 直近は文科省の総合型地域スポーツ・クラブ育成事業に

協力していますが、わたしの思想と行動の原点はここです。

また、ボウリング事業における仮説(公益のスポーツ需要)

が理解されず、*「メデイアに露出することばかり」血眼

になっていることは大いなる勘違いです。とくに来年発足

の「スポーツ庁」も競技スポーツばかりではなく、地域の

振興に役立つ軽度なスポーツ種目の機能に気付くときが

必ずくるでしょう。


1、発見! 万延元年(1860年)のボウリング

 長崎で始まったボウリング場は前年の1861年(文久元年)

が、日本人はいないはずです。外国人のサロンでしたからね。


 じつは、日本人がはじめてボウリングに接したのは前年のこと

、ニューヨーク・マンハッタンで奇しくも6月21日です。見聞

した場所はマンハッタン島でやや高台になっているワシントン・

ハイツにおけるジェームス・ゴードン・ベネット氏の別邸でした。


 同氏はニューヨーク・ヘラルド新聞を創設した著名人です。

 1800年代初頭からブーム現象だったボウリングのレーンを

自家に持ち、状況を考察するとテン・ピン・ボウリングです。


 思えば、俗に長崎が「九柱戯・ナイン・ピンズ」だとするのは

説得力がありません。邸に招かれたのは三人、米国との友好条約

批准書を15代大統領ブキャナンに届けた「万延元年の遣米使節」

と確定できます。


 いまから25年ぐらいまえ、元アメリカ・ボウリング場経営者

協議会の会長だった人がもらしたはなしを追跡調査するのにずい

ぶん時間がかかりました。米国へ行くたびに関連資料をあつめて

いましたが、どうやら特定できました。


 広大な邸へ一行を招き、名士ばかり百数人のパーテイでしたが

、人々がビリアードやボウリングなどに興じる姿を見たのです。

翌日の新聞を入手してすべて目を通しましたが、使節の、誰かが

投げたとは書かれていませんが、どうも想像できませんね。


 いずれ「ボウリングはじめて物語」として、歴史研究者として

公刊します。19世紀の米国、ヨーロッパのドイツ・イギリスで

はテン・ピンズが主流となっていたことなど史実を拾ってあり、

問題は苦手なドイツ語やフランス語です。とくにフランスの蒐集

家は70種類ものコレクションを持っているからです。


 私も一応プレイした人なので、ピンやボール、レーンのレギュ

レーションとルール、愛好した人々のエピソードなど無数に集め

ました。近く、「競技ボウリングの歴史」としてまとめます。




2.スポーツの価値観について

 図はプロ・スポーツをかじった私の個人的な考えですがここに

ボウリングを仕立て直すヒントがあります。組織役員を長くやった

私が感じたプロたちの価値観は、およそ図のようなものでした。


 もちろん、すみ光保さんのような例外もいましたが、公益と

ボウリングの関係を明言できないような人は、大概 この範疇

に入るでしょう。



1)これは私見である。

2)人の価値観をどうこう言う訳ではない。目指した道を全うすることでしょうね。


3.時代に乗り遅れる危険性

 前回、業界の公益法人において、あるべきことを話しました。

 プロは一匹おおかみですが、ボウリング組織も地域社会との接点とか

地域スポーツクラブとの協働を目指す時期です。


 あらゆる産業がグローバル化、優れた経営資源をもつ企業や異業種・

異業態企業との提携が進んでいますが、ボウリング事業では広い視野で

協働する事例が乏しいと思います。


 自前主義は終焉しており、ボウリング事業のもつ優位性を再検討して、

スポーツ公益の実現にまい進するときです。ボウリング場自体は集客力

がほとんどないことに気付いており、問題解決の鍵はコラボレーション

です。

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