四家秀治の「ナイス!ピンアクション」−19

 (提供:ベースボール・マガジン社)
 (提供:JPBA)
第19回
第18回
第17回
第16回
第15回
第14回

第13回
第12回
第11回
第10回
第9回
第8回
第7回
第6回
第5回
第4回
第3回
第2回
第1回

●上り調子の坂田重徳プロ

 11月8〜11日まで、愛知県の稲沢グランドボウルで開催された第36回ABSジャパンオープンの男子を制した坂田重徳プロ(JPBA23期)は、存在感のあるボウラーです。
 かすれ気味ながらも歯切れのいい語り口と、レーン上での、陰に篭るような自己陶酔型ではない、闘志が前面に出る開放型とでもいうようなパフォーマンス。50才の今もケレン味のないボディアクションが観る者を熱くさせてくれます。
 彼の発言で今も一番心に残っているのは、今年、新たにラウンドワンの特別協賛により2年ぶりに開催されたジャパンカップ(11月29日〜12月2日、品川プロンスホテルボウリングセンター)、その2009年大会(当時はDyDoの特別協賛)の記者会見です。

 このときの決勝は東京体育館の特設レーンで行われました。
 決勝トーナメントに進出した8人のうち、日本人選手は3人。その1人が坂田プロでした。決勝トーナメントへの意気込みを聞くと、PBA勢の実力は十分認める話しはした上で「でも、あいつら(PBA)にニッポンダンジ(日本男児)の心意気を見せてやりますよ!」と燃えた目で威勢よく締め括ってくれたのです。
 「そうこなくっちゃあ!」と、私は思わず心の中で快哉を叫んだものです。
 『ニッポンダンジ』
 長らく耳にしなかった言葉でした。
 今年のロンドンオリンピックで自らのことをそんなふうに言っていた日本の男子選手、いました?
 いたとしてもきっと少数でしょう。テレがあるのでしょうか、それとも古くさい?
 世界を相手に日本を代表して戦う男子選手には、皆そういう気持ちであってほしいと坂田プロの発言を聞いたそのとき私は思ったものでした。

 しかし…、2009年ジャパンカップ、坂田プロは特設レーンの1回戦で、全くいいところなく、敗れました。「いやー、すみません。力が入ってしまいました。ニッポンダンジの心意気を見せようと思ったんですが…、もう1回、ここに来たい!」と坂田プロ。他の2人の日本人選手、大澤義樹プロ(JPBA12期)、市原竜太(JPBA40期)も同様でした。(優勝は、パトリック・アレン)
 なんだかやってくれそうな気がしただけに、坂田プロの敗退はとても残念でしたが、悔しさをこれまた全身で表していたのが妙に清々しく感じられたものでした。
 ファンの方ならご存じのように、若手有望男子プロの何人かは彼を師と仰ぎ、その“一団”――といっても数人ですが――は、俗に「坂田組」などと呼ばれています。

(提供:ベースボール・マガジン社)
(提供:JPBA)

 この年(2009年)の男子日本選手権でした。
 決勝ステップラダーに「坂田組」の若手が2人も残り、坂田プロはテレビのゲスト解説席に呼ばれ、そのうちの1人日置秀一プロ(JPBA43期、鹿児島のT-MAXボウル所属)が優勝を決めると感極まって涙を流してしまいました。これも日置プロの優勝より強烈な印象です。もう1人の坂田組、土谷翼プロ(JPBA44期、北海道のボウル北見所属)は3位でした。
 坂田プロの本拠地は愛知県、北にも南にも坂田組がいるところがなんともいえない強い結束力を感じます。

 今年のジャパンオープン、残念ながら私は観戦することができなかったのですが、坂田プロは、地元ということも意識したのでしょう。いつものようにハデなパフォーマンスを振りまきながらも、冷静な試合運びだったと聞きます。そして、決勝で実はブルックリンからのストライクが…、まさに、このコラムのタイトルどおり“ナイスピンアクション”だったようです。
 ジャパンカップの結果については、原稿締め切りの都合上、残念ながら載せることができません。
 ジャパンオープンで、とにかく6年ぶりの優勝を遂げ、上り調子の坂田プロ、
 きっと“ニッポンダンジの心意気を見せてくれた”ものと期待して、今年最後のこのコラムを締め括らせていただきます。

 ちょっと早いですが、皆様、よいお年を!

四家 秀治 (よつや・ひではる)

四家 秀治 (よつや・ひではる)

元テレビ東京アナウンサ− 2011年7月からはフリ−。テレビ東京在職中は、ボウリングの実況を多数経験。東京運動記者クラブボウリング分科会代表幹事と、武部勤衆議院議員が会長であるボウリング評議会の理事を2011年3月まで務めた

前の「記事」へ戻る 「全公協たより87」へ 次の「記事」へ進む

 全国ボウリング公認競技場協議会「トップページ」へ 「全公協たより・目次」へ