四家秀治の「ナイス!ピンアクション」−24

 東京ポートボウル外観・場内(提供:JBC)東京ポートボウル外観・場内(提供:JBC)
東京ポートボウル外観・場内(提供:JBC)
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●プロテストにドラマあり

 JPBAプロテストの季節がやってまいりました。
 男子は第52回、女子は第46回、第一次テストは、4日間、東西に分かれ、それぞれ4会場での開催です。男子は合計60ゲーム(1日15ゲーム)でアベレージ200、女子は合計48ゲーム(1日12ゲーム)でアベレージ190が合格ラインです。
 一次を突破すると、二次は東西の受験生を一緒の会場に集めての開催になります。一次と同様4日間で男子は60ゲーム、女子は48ゲーム、一次のトータルピンは持ち越さず、それぞれ、200アベ、190アベをめざします。
 今年の受験生は昨年より若干少ない128人(一次免除の選手も含む)でした。

 一次の最終日、東日本の会場、東京ポートボウルに行ってきました。
 未来のプロボウラーを目指していたのは60人(男子53人、女子7人)、そこになつかしい名前を発見しました。
 「甘糟」
 下の名前は「龍二郎」ではなく、「龍馬」。23期生、甘糟龍二郎プロの長男です。
 お父さんの龍二郎プロは84年、24才でプロ入りするや、いきなり翌85年にはトーナメントを席捲し、賞金王。その印象的な名前とともに、まさに彗星の如く現われた印象でした。
 通算4勝、その後、長くシードプロとして活躍されました。

 甘糟龍馬選手は、初日から好調、2日目を終えた段階ではアベ210を越えていました。3日目、少しスコアを落としたものの、それでも45ゲームのトータルは9152ピン。アベ200から考えると貯金が152ピン。合格ラインはなんとか行くだろうという状況で、一次最終日を迎えていたのでした。
 ところが、ポートボウルのレーンコンディションに戸惑ったのか、スコアが伸びず、この日はスタートから200に届かないゲームが続き、5ゲーム目には早くもアベ200を割り込み、残り6ゲームの段階で、10756ピン。アベ200に44ピン足りないところまで追い詰められました。決してギャラリーが多くはない一次試験の会場、注目していたのは甘糟選手の関係者と私だけだったかもしれませんが、お父さん譲りのような彼の力みのない滑らかな投球フォームが他選手より気になっていた私でした。



 そんな中、女子は12ゲームで終わりですので、一次の大詰めが近づいていました。
 ふと、1投ごとに歓声の沸くレーンに行ってみますと、そこには最終ゲームを前にトータル8900ピンの選手が…。
 女子は190アベが合格ラインですからこの選手は最終ゲームで220が必要です。
 彼女はスタートから集中力を高めてストライクを量産し、5フレの段階で119。もう一息です。さらにここで、ターキーを持ってきました。ギャラリーも盛り上がります。10フレを前によほどのローカウントでない限り220は確実となったところで、10フレもダブル。終わってみれば246で堂々と一次を突破したのでした。
 「220が必要なので、余計なことは考えずに最後のゲームは思いっきりいきました。そう、開き直って投げたという感じですかね。私、もう若くはないんで、あっ、プロテストは初めてです。半年ぐらい前に周囲から『受けてみたら?』なんて勧められまして」
と、弾んだ声で話してくれたのは今年の12月で40才とは思えない若々しさを感じさせる久田良江選手です。ここまできた以上は、ぜひ二次も突破してほしいものです。

 久田選手に話を聞いていたら、男子もいつの間にか最終15ゲーム目を迎えていました。
甘糟選手は、12ゲーム目244、14ゲーム目223と盛り返し、11814ピン。最終ゲームで186以上なら合格です。折りしも、同じボックスで投げていた村上裕恒選手も11815ピンで、ボーダーラインが2人、緊張感が走ります。
 甘糟選手は1フレジャストポケット、ところが8ピンが残って、それをカバーミス、続く2フレもオープンと苦しい立ち上がり、3、4フレと文句なしのダブルを持ってきて5フレは9本スペア。なんとか軌道修正はできたか、と思われましたが、6フレでヘッドピンをはずし、6本カウントのワッシャー。またまたオープンフレームを作ってしまいました。7フレは豪快なストライク。ここからが勝負!というところで、8フレは9本スペア。スコアは7フレまで110ピン。186を超えるためにはもうターキーしかありません。しかし、9フレ1投目は薄めに行って7本カウント…。10フレはダブルを持ってきましたが、174。合格ラインの12000ピンに12ピン足りない11988ピンで4日間、60ゲームの挑戦を終えました。
 その横で村上選手は194、こちらは12009ピン。天に向かって静かにガッツポーズ、
対照的な光景でした。



 「3人兄弟で初めて今年プロテストを受けさせました。長男の龍馬も小さいころからマイボールで投げてはいましたが、一番下の弟が受けたいと言うんで、それなら、ということで。実は、次男も含め龍馬も、三男と(付き合わせて)一緒に受けさせたというところがあります。龍馬は、ボウリングを本格的にとなると1年ぐらいですから、これで受かればもうけものでした。落ちたのは残念ですが、よくやったと思いますよ。弟2人は、2日間で早々と落ちてしまいましたからね」(ちなみに2日間トータル190アベ、5700ピンがないと3日目には進めませんが2人とも3日目に進めず)とお父さんの龍二郎プロ。
 傍らで、龍馬選手は「最終ゲームですか?自分では緊張したという感じはなったです。連続オープンで始まりましたが、緊張したから、というよりもあれが実力でしょう。いい記念になりました」と淡々と話してくれました。
「こんなこと言ってますが、日数が経つとだんだん悔しくなってきて、また来年受けると言ってくるんじゃないですかね。本人の意志に任せますが」
とにこやかに話す龍二郎プロ。それを受けて「エッ?来年、また受けるの?」と人ごとのような龍馬選手。そして続けて「どうせ落ちるなら11999ピンのほうがよかったなあ」とも…。
 1年後、どうなるかは神のみぞ知るですが、そんな会話を暖かい目で見つめるお母様の表情からも穏やかな甘糟家の様子が垣間見えるようでした。
 ちなみに11988ピンは、今年、東西の男子一次全受験生の不合格者55人の中で最も合格ラインに近いスコアでした。

 軽い気持ちで観戦に行ったJPBA一次プロテストでしたが、女子にも、男子にも、やはりドラマがあり、熱い気持ちになれる瞬間がありました。だから私はついボウリング場に足を運んでしまうのだと思います。
 二次試験はもう始まっています。二次最終日の5月14日、東京の田町ハイレーンで、今年、夢を叶えるのは何人いるのでしょう?

四家 秀治 (よつや・ひではる)


四家 秀治 (よつや・ひではる)

元テレビ東京アナウンサ− 2011年7月からはフリ−。テレビ東京在職中は、ボウリングの実況を多数経験。東京運動記者クラブボウリング分科会代表幹事と、武部勤衆議院議員が会長であるボウリング評議会の理事を2011年3月まで務めた

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