四家秀治の「ナイス!ピンアクション」−37

 ボウリングルネッサンス(日本ボウリング評議会制作)
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●日本語とは、かくも不思議な言語

「初めて聞きましたよ」
幾分、嘲笑を浮かべながら彼は言いました。
それはE―Fのスプリットを「シックス、セブンですねえ」と私が言った直後のことです。
「ロクナナです。競馬(馬券=勝ち馬投票券の意味)と同じです。C―Iは、ヨンジュー」
「へえ〜、ということは、E―F―Iはシックスセブンテンじゃないんだ」
「ロクナナジューですね」
「じゃあ、残りピンの数字を英語で言うことはない?」
「F―Iセブンテン、G―Iエイトテンぐらいですかねえ。あとは言いませんね」
ここで、また彼は繰り返しました。
「競馬と同じですよ、シックスセブンなんて初めて聞きましたよ」
 今、競馬は春のGTシーズン真っ盛り、きっと彼は競馬も好きなんでしょう。
そして、こう続けました。
「この前、スプリットじゃないですけど、A―Gが残って、あるアマチュアの方がインザダークとか言っていたのですが、我々は言わないですね、ニーハチです」
彼・・・は、某若手男子プロボウラーです。
 つまり、今は・・・というより、おそらく10年以上は前から、
残りピンの言い方としては彼の表現が一般的なんでしょう。
(インザダークは、ダブルウッドなどとも私は言いたくなります)

私も、自分で、
「まだ若い」
とまでは思っていませんが、いつしか昔の人になっていたということなのかもしれません。

 1週間にテレビのボウリング番組がレギュラーだけで
16本もあった(関東ローカル)1970年代初頭、
間違いなく、解説者はE―F―Iをシックスセブンテン、
E―Fはシックスセブンと言っていました(私はそういう表現を耳にしています)し、
C―Iはフォーテン、C―F―Iはフォーセブンテンと言っていました。
もちろん、D―Fはファイブセブン、D―Iはファイブテンでしたが、
先ほどの彼に言わせると、これも
「ファイブセブンなんて言いません、ゴーナナです」となります。

 なぜ、いつの間に、英語が日本語になったのでしょう?
 そもそも、なぜ、初めは英語だったのでしょう?
 おそらく、あの驚異的ブームの頃、
当然、アメリカのボウリング中継では放送が英語ですから
E―F―Iをシックスセブンテンと言っていたでしょうし、
それをそのまま日本でも解説者が言ったということなのではないでしょうか?
インザダークも同様です。



 ボウリングは舶来(これも恐ろしく古めかしい言い方ですが)の
おしゃれなスポーツ(あるいは遊び)なので、英語で言ったほうがカッコイイ
というような感じもあったのかもしれません。
 それから、ここで改めて申し上げるまでもなく、1970年代初頭の頃と今とを比べると、
ボウリングは、ボールの長足の進歩により、全く違うスポーツになりました。
 残っているピンの存在感も違うということなのかもしれません。
 スプリットが残ることについても、今では
「F―Iはトライする!(キックバックを狙って凄まじいボールを投げる)」
と公言してはばからない男子プロがいるように、1個のボールで全てを賄っていた時代
とは違って、スペアボールを使ってオーバーに言えばほとんど何でもできてしまいます。
だから、残りピンに対するある種の尊厳がない・・・それで、
軽〜く日本語で数字を言うだけになってしまったのかな?
という気もします。
 とにかく私は素直に70年代風の言い方をずーっと踏襲していたわけで、
意味が間違っていないことは確かですが、こんな表現は
現代のボウラーにとっては嘲笑のネタ、古代の遺物でしかないということのようです。

 ただ、彼の言葉どおりだとすると、
なぜ、F―I、G―Iはセブンテン、エイトテンとして生き残ったのか?
 これもナゾです。
 それなら、オイル、フィンガー・・・etc.は、
アブラ、ユビなどと言えばいいのにそれは言わない。
 いつも思うことですが、日本語とは、かくも不思議な言語です。

四家 秀治 (よつや・ひではる)

四家 秀治 (よつや・ひではる)

元テレビ東京アナウンサ− 2011年7月からはフリ−。テレビ東京在職中は、ボウリングの実況を多数経験。東京運動記者クラブボウリング分科会代表幹事と、武部勤衆議院議員が会長であるボウリング評議会の理事を2011年3月まで務めた

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