四家秀治の「ナイス!ピンアクション」−48

 相沢隆也さん(3月15日死去・69歳)
相沢隆也さん(3月15日死去・69歳)
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日本のボウリングの未来を心から案じていらした相沢さん

 東京プレスボウルリーグというリーグがありました。

 ・新聞、テレビ、ラジオなどのメディア関係者
 ・プロボウラー
 ・ボウリング業界関係者

 それぞれ1名ずつ、3名で1チーム、月に1回3ゲームずつを行い、年間トータルで競う形式でした。
関東ボウリング場協会の主催でした。私は第1回大会からほとんど参加。
そこで懇意にさせていただいたプロボウラーの方や業界関係者はとても多く、
こうして毎月偉そうな原稿を書かせていただいているのも
今思えば東京プレスボウルリーグのおかげかもしれません。
 プロボウラーや業界関係者との“ナイスピンアクション”を月に1回、有意義に過ごしていたのです。
 東京プレスボウルリーグは現在も年に1回程度不定期で開催されていますが、
東日本大震災以降は事実上休止状態。残念です。
 このリーグのJBC(全日本ボウリング協会)からの参加はだいたいいつも相沢隆也専務理事でした。
 大会終了後の懇親会でもためになるお話をたくさん聞かせてくださいましたし、
結局、テレビ東京での中継は実現しませんでしたが
「年末の高校対抗選手権をテレビでやりたい。ぜひ実況は四家さんで」などという提案をなさってくださったりもしました。

 昨年暮れ、IOC(国際オリンピック委員会)で決定した
「2020年以降のオリンピックでは開催都市によって実施種目を増やす」
というニュースをいち早く教えて下さったのも相沢さんでした。
普段は表情を変えない相沢さんがにこやかに
「四家さん、久々にいいニュースです。まだ正式発表前なので詳しいことは言えませんが」と語っていたのが昨日のことのようです。

JBC全日本選手権チャンピオン 女子 今井双葉(長崎) 男子高橋俊彦(岐阜) (提供:JBC)
JBC全日本選手杯チャンピオン
女子 今井双葉(長崎) 男子 高橋俊彦(岐阜) (提供:JBC)

 先月、テーマにさせていただいた全日本ボウリング選手権はJBCの大会です。
 毎年必ず会場の稲沢グランドボウルにいらしていた相沢さんのお姿を
今年は見かけないので変だな?と思っていたら数日後訃報が届きました。
激しい優勝争いが展開されていた大会最終日の3月15日、静かに息を引き取られたのでした。
 69才でした。死因は骨肉腫だそうです。

 相沢さんは専務理事として本当に長くJBCを支えてこられました。
 JBCからは初のJOC(日本オリンピック委員会)理事も2期4年、アジアボウリング連盟でも要職を務められ、
日本代表監督としてアジア大会にも行かれています。病に倒れたのは2009年、香港で行われた東アジア大会のときでした。
歩けないというよりほとんど動けない状態で寝たまま飛行機で搬送され帰国されました。
 その後は奇跡的に回復され、表面上は以前と変わらぬように振る舞われ、JBCの大会にはいつもいらして、
開閉会式での挨拶、表彰式などテキパキとこなされていました。
前述したように昨年暮れにお会いしたときもお元気そうでしたが、
腫瘍は少しずつ相沢さんのお身体を蝕んでいたようです。
 JBC関係者の話だと3月に入ってからも事務局には顔を出されていたようで、正に急逝されたという印象です。

 私はBCJ(日本ボウリング評議会)にもテレビ東京の社員だった頃メディア代表という立場で参加させていただいていました。
BCJはボウリング業界が一致団結してということで出来上がった組織ですからそこには当然JBCも関わっています。
相沢さんが出席されているときには、会議終了後、
必ずといっていいほど他では話せないような情報をさりげなく私に教えてくれたりしていました。
 専務理事という立場で赤木会長から武部会長へ。JBCの体制が変わっても、デンと構え、
この人には何でも聞けるという雰囲気を常に持っている方でした。
 国際大会にPBAのトッププロがアメリカから出場するようになった頃、
日本はプロ協会(JPBA)から分裂してLBO(女子ボウリング機構)ができ、
ドメスティックに揉めていました。(今はLBOが消滅しましたが)
その頃は、本当に心を痛めていらっしゃいましたし、また、昨年度、結局開催されなかったジャパンオープン休止についても
ここでは書けないような休止に至った事情をお話ししてくださり、怒りを露わにされていました。
 日本のボウリングの未来を心から案じていらしたのです。
 それだけに昨年暮れのIOCの決定を「久々にうれしいニュース!!」と
2020年への期待に胸を膨らませていたのだと思います。

 社交辞令半分だとしても「四家さん、ボウリング界のために今後ともよろしくお願いします」と
相沢さんは今まで何度も私におっしゃってくださいました。
 私にできることなどたかがしれていますが、相沢さんの意志を忘れることなく、精一杯がんばらねばとの思いを新たにします。

 合掌

四家 秀治 (よつや・ひではる)

四家 秀治 (よつや・ひではる)

元テレビ東京アナウンサ− 2011年7月からはフリ−。テレビ東京在職中は、ボウリングの実況を多数経験。東京運動記者クラブボウリング分科会代表幹事と、武部勤衆議院議員が会長であるボウリング評議会の理事を2011年3月まで務めた

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