四家秀治の「ナイス!ピンアクション」−58

 山田幸プロ(提供:JPBA)
山田幸プロ(提供:JPBA)
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●史上最年少チャンピオン山田幸プロ●

 山田幸(ゆき)プロ(JPBA48期)は、私が今、最も会って話が聞きたい女子プロでした。
でも彼女は関西在住ですから関東在住の私にはなかなか難しいかな
と思っていたところ、うまい具合に時間が取れました。
 今月は史上最年少20歳の女子全日本チャンピオン、山田幸プロの登場です。

 山田幸プロと話していると、笑みを絶やさず、気遣いがあって、心がやすらぐような感じになります。
その名のとおり、実に「しあわせ(幸)」な気分になるから不思議です。
彼女は昨年のプロテスト2位の堂々たる成績で合格しましたが、
そのとき、彼女と初めて話したときから私の気持ちの中で、この感覚はありました。
“名は体を表す”
とはよく言ったもので、ご両親は名づけの天才かと思いきや、
山田プロによると、
「私は次女なのですが、姉の名は“未来”(みらい)で弟は“成人”(なると)なんです。
3人あわせると“未来幸成人”『未来に幸せになる人』っていうことで名前をつけたようです」
ということでした。
 う〜ん、ストーリーができていたというわけですね。

山田幸プロ(提供:JPBA)
山田幸プロ(提供:JPBA)

 さて、このコラムを読んで下さっている方ならご存じだと思いますが、
山田プロのボウリングのキャリアは昨年のプロ1年をプラスしてもわずか5年です。
しかもそれまでに何かスポーツを専門的にやっていたかといえば、それも全くないのです。
 ただ、一つ言えることはお父様が卓球をやっていて、それも全国レベルで戦っていたので、
その身体能力は間違いなく受け継がれているようで、小さい頃から運動神経は抜群、
スポーツ万能少女、というよりも山田プロの言葉を借りれば
「男の子でした」
と、なります。
「中3のときに父の仕事の接待ボウリングに一緒に参加してハマった」
という動機も極めてシンプル。
 しかし、本格的にボウリングをやるとなったらお父様から
『スポーツはなんといっても基礎体力』
ということで、厳しいトレーニングが始まりました。
卓球で頂点を目指したお父様ですから、その信念は揺るぎがありません。
ほぼ同時期に弟の成人君もボウリングを本格的に始める気になり、
ほとんど毎日、早朝から幸、成人のきょうだいは父とともに近くの公園の周囲を走ることになります。
これはもちろん持久力の養成ですが、瞬発力も!ということで、
その後は短距離のダッシュです。
さらに筋トレに体幹トレーニング…。
「ボウリングなのになんでこんなこと。こんなんええやんと何度も思いましたよ。
でもそれ、たぶん、今の自分には役立っていたんだなと思います」
とは山田プロの回想です。
 確かに全日本選手権は他のトーナメントと比べてもゲーム数が多いですから持久力は絶対必要です。
その長丁場を天下の姫路麗プロ(JPBA33期)、松永裕美プロ(37期)、吉田真由美プロ(31期)に
食いついて離れなかったのですから精神面も含めた持久力は間違いなく養成されていたと言えましょう。
 そして、ボウリング業界関係者が、口をそろえて
“奇跡”
と呼ぶ、上記3人を決勝ステップラダーで次々に撃破して(姫路プロには連勝)の優勝には拍手以外にありません。
 しかし、私は断じて“奇跡”とは思いません。

山田幸プロ(提供:JPBA)
山田幸プロ(提供:JPBA)

 毎朝過酷なトレーニングを自らに課しているJPBAの若い女子プロいますか?
私の勉強不足で
「はい、私、山田さん以上に自分の身体を毎日鍛えています」
という若い女子プロがいたら謝りますが、そうでないとしたら、彼女の優勝は
プロ1年目、史上最年少で成し遂げた快挙ではあっても決して奇跡ではありません。
必然であったと思います。
 そう、昨年このコラムでも取り上げさせていただいたラグビーワールドカップで
日本代表が南アフリカ代表に勝ったのを選手は
「奇跡ではありません。必然です!」と言い切ったのと同様です。
 奇跡だなんて、山田プロに失礼というものです。
 そもそも皆さん、本来、奇跡ってどういう意味かご存じですか?
 これは我々メディア関係者もいけないのですが、
「常識では考えられない神秘的な出来事。既知の自然法則を超越した不思議な現象」
ということです。
 軽々しく使ってはいけません。

 私が中学生の頃、1972年に横井庄一さんがグアム島で、その2年後、小野田寛朗さんがフィリピンのルバング島で発見され、日本に帰ってきました。
 太平洋戦争が終わってから30年近くもの間、ジャングルで“元日本人兵士”が生きていたことを知った
当時の私(を含めた多くの日本人)の衝撃はすごいものがありました。
これぞまさに
“奇跡の生還”
でしょう。
 悲しいかな何10万人という日本人兵士(民間人も)が南太平洋の島々で戦中、戦後亡くなっている事実を我々は知っています。
平和な世界でのうのうと生きている我々には想像もできない“生”への執念が、
横井さん、小野田さんの生還になったのだと思います。
奇跡とはこのようなことでのみ使い得ることができる表現のはずなのですが、
近年はなんでもかんでも奇跡、奇跡と…。
特にスポーツマスコミはこの表現が大好きですね。
「常識では考えられない神秘的な出来事」が毎日のように起こっていますから。

山田幸プロ(提供:JPBA)
山田幸プロ(提供:JPBA)

 でも、山田プロは1年生ではあってもまぎれもないプロボウラーで、
同じ土俵(レーン)の上で戦っている以上、チャンスはあったわけです。
もちろん技術ではキャリア十分な先輩プロに適わなかったでしょうが、
先輩プロと伍して戦えるだけの若さと体力、持久力、精神力を備えていたということだと思います。
第一、わずかキャリア4年で、トップ合格に限りなく近い2位でプロテストに合格したセンス、才能があるプロなのです。
単純にプロ1年目というだけで未熟に違いないという評価は
ボウリングメディアそのものが自ら未熟と言っているようなものです。
 だから私は山田プロの全日本の優勝を絶賛しますし、快挙だと思いますが、奇跡とは思っていません。悪しからず。

 その快挙が成し遂げられた日、実は幸プロに厳しいトレーニングを課したお父様は、会場ではなく自宅で応援していました。
生中継のテレビにかじりつき声を張り上げての応援です。その横には弟の成人君も。
ちなみに成人君は2014年国体少年ダブルス優勝、ユースナショナルメンバーにも選ばれ、
この春から高2になりますが、今やJBC大阪府の欠かせないメンバーに成長しています。
父のトレーニングはここにも活かされていたのです。
その2人の絶叫が山田家の居間に響きわたりました。
実はその様子をお母様がこっそり後ろから撮影していて、山田家に凱旋した幸さんはそのビデオを観て大笑い。
山田家のなごやかでほのぼのとした空気が伝わってくるようなお話です。
「私、プロになって2ケタ(10万円)以上の賞金を稼いだら
家族みんなでおいしいものを食べにいこうと言っていたんですが、
一気に2ケタより一つ上をいってしまったので、これはいかなきゃとなって、
たまたま姉もいたので、どうしよう?ということになりました。
結局弟の『串カツがいい』の一言で近所のなじみの串カツ屋さんにいきました。
楽しい夜でしたね。
それから徳島にいる父の両親(祖父母)が、父――つまり息子が
卓球で日本一のなる夢を見ることはできなかったからだと思うんですが、
私の日本一をものすごく喜んでくれているのが一番嬉しかったですね」

山田幸プロ(提供:JPBA)
山田幸プロ(提供:JPBA)

 では、当の山田プロ、どんな思いで全日本に臨んでいたのでしょう?
「全日本は、出場を目標にしていたので出られただけで嬉しかったです。
もちろん、出場する以上はがんばろうと予選突破を目標にしていました。
アマチュアの頃から指導を仰いでいる和田秀和プロには特にメンタル面について
とてもためになるアドバイスをいただいてきましたので、それが非常に大きかったと思います。
全日本では『スペアを取ること』『レーンを見てしっかり自分のボウリングを心がけ楽しむこと』でしたね。そうしたら、決勝ステップラダーに残って、次々に勝ってしまったという感じです。
とにかく私、それまでマッチゲームも全然ダメだったんですけど、自分のスコアだけを意識して集中するようにしていたら
すごい先輩プロ相手にマッチゲーム4連勝…夢のようでした」
 スポーツの世界ではよく耳にする、いわゆる無欲の勝利というわけです。
「1年前に、周囲のあたたかい理解もあってプロテストに挑戦する気になったことを考えると不思議な感じですね。改めて周りの人に支えられて自分があると実感します。プロテストを受けるときもそうでしたがその感謝の気持ちはずーっと持ち続けなければいけないなと思います」
 山田プロは全日本の翌週行われたまさに“ザ・マッチゲーム”のプリンスカップでもベスト16に進出。(そこで敗れたのが優勝した加藤八千代プロ)
 昨年暮れ、ボウリングの才能が一気に開花したと言ってもよさそうです。

 一躍ボウリング界の新たなヒロインとなった彼女にとっての現在の悩みは、チャレンジのお呼びが彼方此方からかかり、
「年明けからドリルを変えて自分で感じている“手が回ってしまう欠点”を直そうと思っていた」
ことができずに新シーズンに入ってしまうことだそうです。
無論、これがぜいたくな悩みなのも山田プロはわかっていますが、
昨季のボウリングスタイルのまま新シーズンに臨む山田プロが
今季トーナメントでどんなボウリングを見せてくれるのか?
原稿締め切りの都合上、初戦の関西オープンの結果を載せられないのが残念ですが、楽しみは尽きません。

 最後に、少し前、2015年の3冠女王で、全日本決勝で山田プロに連敗した姫路麗プロに聞いた話をお伝えします。
 「幸ちゃん、かわいいし、いい子なんで戦って負けたのは悔しかったですが、
幸ちゃんに負けたプロボウラーとしてではなく、観戦者の一人という立場で心から祝福したい気持ちになりました。
ほんとうにすばらしいボウリングでの優勝でしたから。
でも、私もまだまだ負け続けるわけにはいかないので、
最近は幸ちゃんのような若い子に負けないボウリングをするには、ということを日々考えています」

 2016年、女子プロ界、また新たな戦いの歴史が刻まれます。

四家 秀治 (よつや・ひではる)

四家 秀治 (よつや・ひではる)

元テレビ東京アナウンサ− 2011年7月からはフリ−。テレビ東京在職中は、ボウリングの実況を多数経験。東京運動記者クラブボウリング分科会代表幹事と、武部勤衆議院議員が会長であるボウリング評議会の理事を2011年3月まで務めた

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