和菓子と砂糖の蜜なる関係−1

かざり粽
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和菓子と砂糖の
蜜なる関係−2
和菓子と砂糖の
蜜なる関係−1

スポーツと砂糖-16

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スポーツと砂糖-13

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スポーツと砂糖-10

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悲しい過去をもつ南国の酒−2
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織田信長と砂糖−3

織田信長と砂糖−2
織田信長と砂糖−1
子どもの成長に“砂糖の力”が不可欠

砂糖は脳に素早く届くエネルギー
砂糖は笑顔のエネルギー
砂糖は料理のベストパートナー
 
砂糖は米や蕎麦などと同じ炭水化物1g=4k cal
砂糖は料理のベストパートナー

砂糖は運動能力を伸ばすエネルギー源

砂糖で心もカラダもリラックス
砂糖を上手に摂って健康なカラダづくり
砂糖は脳とカラダに大切なエネルギー

砂糖には消費・賞味期限はありません
子供の成長に“砂糖の力”が不可欠
砂糖は植物から作られた自然食品


砂糖は笑顔のエネルギー

砂糖は料理のベストパートナー
砂糖啓発 オリゴ糖と健康

砂糖啓発 オリゴ糖と健康
砂糖啓発 ニッポン放送で「放送された内容」紹介-3
砂糖啓発 ニッポン放送で「放送された内容」紹介-2
砂糖啓発 ニッポン放送で「放送された内容」紹介-1
砂糖啓発活動で分かった砂糖の理解度
ニッポン放送で「食生活や健康」のエピソード放送中
平成25年度砂糖啓発活動を実施中
平成25年度砂糖啓発活動を実施
平成25年度砂糖啓発活動に協力
お砂糖の種類と特徴

お砂糖の種類と特徴
お砂糖の種類と特徴
お砂糖の種類と特徴


砂糖は植物からつくられた天然食品
砂糖は植物からつくられた天然食品
砂糖は、エネルギー補給にも最適!
砂糖を摂るのも、タイミングが大事!
効果的な筋肉づくりに、砂糖が役立つ
砂糖と記憶力
砂糖で心もリラックス
脳のエネルギーはブドウ糖だけ
砂糖の誤解(その3)砂糖と虫歯
砂糖の主成分、ショ糖が調理で大活躍
朝のお菓子と紅茶で起きるのを楽しみに
砂糖は脳の重要な栄養源である-2
砂糖は脳の重要な栄養源である
砂糖ミルク入りコーヒーの効用
砂糖の誤解(その2) 砂糖と糖尿病
砂糖の誤解(その1) 砂糖と肥満
一番甘いのはどの砂糖?
砂糖の賞味期限は?
砂糖の賢い使い方
料理にかかせないすごい力が7つもあります!
子供の成長に“砂糖の力”が不可欠!


砂糖の啓発活動
砂糖の啓発活動
砂糖の啓発活動
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砂糖の啓発活動
砂糖の啓発活動
砂糖の啓発活動
砂糖の啓発活動
砂糖の啓発活動
砂糖の啓発活動
砂糖と体の関係
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砂糖と健康
砂糖の啓発
砂糖の啓発活動
砂糖の啓発活動
砂糖の啓発活動
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砂糖の啓発活動
砂糖とは何か?
砂糖の始まり

●和菓子と砂糖の蜜なる関係 京菓子司 甘春堂 木ノ下稔氏

・点心の菓子
 鎌倉時代に入ると、禅宗の普及と共に点心(食後に軽い物を食べること)の習慣も広まっており、禅僧は早朝や昼食などの食事の後に、茶の子(茶うけ)で茶を飲みました。当時の茶の子は、竜眼(りゅうがん)、胡桃(くるみ)、栗、串柿、おこし米などであり、一般的な茶菓子は質素でありました。このように鎌倉時代には、日本古来の木の実の菓子が、引き続き食されたのに対して、唐果物は供物としての役割を強く残し、一般には浸透せず、次第に衰退していきました。

 この頃の点心の中には羮類(あつものるい)、饅頭類があり、今の羊羹の原型となるものや、心太(ところてん)、葛切、酒饅頭、薬饅頭といったものがありました。

・砂糖と南蛮菓子の伝来
 歴史上、砂糖入りの菓子が出てくるのは、室町時代になってからです。砂糖は中国から入ってくる輸入品であり、流通量が非常に少なく、大変貴重な品でした。そのためか、砂糖は薬として重宝されていたという記録もあります。そして当時の砂糖は、黒砂糖を指していたようです。

 室町末期になると、ポルトガル人などにより南蛮菓子が伝えられました。カステラ、ボーロ、金平糖、有平糖といった菓子です。これらの菓子の特徴として、大量の砂糖を使う点と、鶏卵を使う点がそれまでの菓子と異なりました。

・茶道と和菓子
 現在の和菓子は茶の湯によって育ち、現代の和菓子を語る上でその関係は切り離せません。砂糖と南蛮菓子により、日本人は「甘い菓子」というものに出会いました。しかし、千利休の茶会に用いた菓子を調べてみると、意外にも質素な物が多く、麩焼き(ふのやき)、栗、椎茸、煎りガヤ、昆布などが見うけられます。特に麩焼きは、小麦粉を水で溶いた生地を平鍋で焼き、味噌を塗って巻くという非常に素朴な味のものでした。現在のような和菓子となったのは、江戸時代になってからでした。

・京菓子時代と菓子の完成
 江戸時代に入って元禄時代(1700年頃)になると菓子はめざましい発展を遂げることになります。

 一つは、道明寺粉や白玉粉、寒天といった新素材の発見です。新素材の発見により、落雁(米粉)、練羊羹(寒天)、桜餅(道明寺)、葛菓子(葛)などの菓子が出始めました。

 次に、砂糖の生産拡大です。砂糖(当時は黒砂糖)は、輸入品で大変貴重な品でした。八代将軍・徳川吉宗が製糖(甘蔗栽培)を奨励し、四国高松や阿波が名産となりました。製糖は、黒砂糖→白下糖(しろしたとう)→和三盆と改良がすすみ、和三盆は純国産の砂糖として大変重宝されました。

 最後に、元禄文化の開花による京菓子の発展です。元禄時代は、琳派に代表される王朝趣味などが発展しました。特に京都からの産物は「下り物」と言って重宝され、織物、磁器などにとどまらず、菓子もこれに当てはまりました。そのため、京菓子=上級菓子となり、朝廷、大名、豪商たちによって、保護・重用され、御用達菓子として、ますます花開きました。

・そして、和菓子へ
 明治維新以後、西洋文化が積極的に取り入れられ、和洋の素材を組み合わせた、あんパンやチョコレート饅頭など新しいお菓子ができました。そして、ようやく現代のような白い砂糖が本格的に輸入され、使用されるようになりました。

 これ以後、明治前の菓子を和菓子、それ以後の外国風の菓子を洋菓子と区別するようになりました。

(つづく)
独立行政法人農畜産振興機構HPより掲載

砂糖啓発活動ポスタ−
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