四家秀治の「ナイス!ピンアクション」-80

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●川添プロボウリング界の歴史に名を記す年になるか

「予定通り?」

 久しぶりに会った川添奨太プロにこう話しかけると
彼は軽くうなずきました。

 昨年の全日本選手権、決勝ステップラダー開始前でした。
彼はトータル1位で残って待機していました。

 所用で会場入りが遅れた私でしたが、たぶん、準決勝が終わったとき
トップに立っているのは川添奨太プロであろうと予想しながら
会場の新狭山グランドボウルに向かっていました。
到着し、スコアを確認。

「予定通り」

というのは私自身にも言い聞かせていたことでした。

 こんな表現が他のすべての男子プロに失礼なのは百も承知ですが、
それぐらい、私は昨年の全日本には
「いかにして川添奨太が優勝するか?」
しか興味がありませんでした。
川添は、全日本方式の決勝ステップラダーを実に冷静に戦って
私の予想と期待通り、
史上最多となる全日本通算5度目の優勝を遂げたのです。



 昨春、アメリカに旅立ち日本人として初めて腰を据えて勝負した川添、
専門誌やネット上ではその戦いぶりが紹介されていましたが、
一般には全く知られていません。

 川添は昨年アメリカを中心に30のトーナメントに参戦しました。
「月一かそれ以下ぐらいのペースでしか今まで大会に出ていなかったので、
それはそれは大変でした」
と言いながらもそのハードなスケジュールを
こなしてきたことによって得られた自信が全身からみなぎるとでもいえばいいのか、
非常に頼もしくなった印象を受けました。

「アメリカではトップ10に4回入ることができました。
それは一応の成果ではありますがテレビ決勝には残れなかったですし、
目標はあくまでも優勝することなので、
2018年はなんとかしてその目標を達成したいです」
 初めは、常にPBAのトップボウラーと戦うことによる緊張感、プレッシャーに
押しつぶされそうな感じさえしたそうです。でもそれを繰り返すことで
次第に慣れていったといいます。

「アベレージが10足りない」

これは、川添のキーワードのようになっているPBAトッププロとの差です。

 その差をいかに縮めるかという挑戦でもありました。
その反面、うまくすれば1回ぐらい勝てるかもと思って臨んだのも事実でした。
残念ながら「うまく」はいかなかったわけですが、差が縮まった実感はあるようで、
それが日本国内でのトーナメントに於いては
自信に満ちたレーン上でのパフォーマンスに繋がっていったといえるでしょう。
「向こうでは一つのトーナメント終了ごとにしっかり分析し、次に備えました。
こういった細かいところは日本人の得意な部分だと思います」
という話もしていますし、それが結果にも結び付いていきました。

 また、3年ほど前から筋トレの影響で、腕の筋肉が発達しすぎてそれが関節を圧迫し
右ひじに痛みが生じるという症状があったのですが、
ラグビーでの身体のケア方法を聞き、それを参考に
冷水、温水をうまく使うなどありとあらゆる工夫をして対処しました。
その結果、今ではひじの痛みはほとんどないそうです。

 他競技からも学ぶというまさにプロとしての戦う姿勢とメンテナンス。
当たり前と言ってしまえばそれまでですが、
これぞアスリート、トーナメントプロとしてのあるべき姿といえるでしょう。



 ただ、層の厚いPBA。
 戦っているうちに名のある歴代トッププロのレベルに少なくともスコアの上で
追いついたり、あるいはそれを越えたりしても、
今度は川添より若い世代に抜かれたりといったことが繰り返されながら
1年が過ぎていったのもまた事実でした。

「28歳(現在は29歳)はもう若いとは言っていられません。
ほんとうにPBAでは次から次へと若手が出てきます」
と、日本とは比較にならない層の厚さも感じているようでした。

 所属するトドロキボウルの理解と協力があって実現した日本ボウリング界初の挑戦は
今年も続ける予定ですが、この原稿を書いている時点では
まだ2018年後半のアメリカのスケジュールが発表されておらず、
いつからいつまでアメリカで戦うのかは明確になっていません。
はっきりしているのは今月(2月)、とりあえずアメリカに渡り、
4つのトーナメントに出場するということです。
 その前に、原稿締め切りの都合で結果については触れられませんが
DHCカップPBAジャパンインビテーショナルでもきっと活躍していることでしょう。
 もちろん、今年も昨年並みのトーナメント数に挑戦することはほぼ間違いありません。
「トドロキスポーツマネジメントの平川社長を初め、
ご支援いただいている皆様には心から感謝しています。
でも、結果を出さなければいけないということも十分わかっていますので、ぜひ今年は!」
と語気に力がこもります。

 新年早々29歳にもなりました。
今年中にJPBA主催の公式戦で4勝すると20代で通算20勝の永久シード入りという快挙を成し遂げることにもなります。
「PBAでの優勝はもちろんですが、これは今年しかチャンスがないので達成したいです」
と目を輝かせる川添奨太プロ。

 あらゆる意味で、ボウリング界の歴史に名を記す年になるかと私はとても注目し、期待しています。

そして、他男子プロ。生活、環境、様々な要素があって簡単でないのは重々承知の上であえて申し上げます。

出でよ! 川添プロに続く挑戦者!!

四家 秀治 (よつや・ひではる)

四家 秀治 (よつや・ひではる)

元テレビ東京アナウンサ- 2011年7月からはフリ-。テレビ東京在職中は、ボウリングの実況を多数経験。東京運動記者クラブボウリング分科会代表幹事と、武部勤衆議院議員が会長であるボウリング評議会の理事を2011年3月まで務めた

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